「『ジョー』と祖国」2021年11月18日 12:41

ポンコツ動力滑空機を自分の格納庫で、自分で整備修理し、自分で操縦して飛ぶ。それを20年、続けたい。そこまで行ければ本望だ。

そのテーマを掲げ、走り始めてから、早前半10年の歳月が過ぎた。この冬から、後半の10年が始まる。

そんなこともあって、あらためて我がバイブル「あしたのジョー」をアマゾンで全巻購入し、読了した。

「ジョー」の物語が始まったのは1967年12月。僕は7歳。

毎週水曜日の少年マガジン発売日が待ち遠しく、学校から帰ると本屋さんの店先に飛んでいって、「ジョー」だけ立ち読み。
 模型飛行機や電子工作にも熱中していたから、マンガ雑誌を買う余裕はない。コズカイもらったら少年マガジンよりも「ラジ技」や「Uコン技術」、「初ラ」や「ラ製」を買う少年であった。

それでも、いくつかのシーンとメッセージは、今でも鮮やかに記憶に残り、ココロに刺さったままだ。ちょっと著作権侵害っぽいですがお許し下さい、ちば先生・・・

自分は、どうしてこんなにも「ジョー」の物語に深く感化されたのだろう?と思いを馳せるとき、この物語の核心が、アドラーであり、フランクルの言葉に重なるからだ、と今となっては理解できる。

ヴィクトール・E・フランクル曰く。
「どんな時にも人生には意味がある。『未来』で待っている人や何かがあり、そのために『今』すべきことが必ずある」ーー。

このフランクルの言葉の「未来」という単語は「あした」という言葉にそのまま置換できる。そして「そのために今すべきこと」という言葉は、「おっちゃん」が「特等少年院」に収容されたジョーへ託した「あしたのためのその1」という1枚のハガキそのものだ。

そしてアドラーが言うとおり、自分がコントロールできるのは自分だけ。
自分の人生を制御したければ、自分自身を制御せねばならないし、それしかできない。

7歳の「僕」と、還暦を超えた「私」。50余年の時を超えて、「ジョー」の物語が、フランクル/アドラーの言葉とつながっていたことに、今、気付く。

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「ジョー」の物語が、昭和という時代とシンクロしていたことも、とても興味深い。

昭和の文豪三島由紀夫は、「ジョー」の掲載された、とある週の少年マガジンを買いそびれ、深夜タクシーを飛ばして講談社を訪問して購入したという逸話がある。その三島は、「祖国」を憂い、自衛隊よ、憲法よ、それでいいのか、という趣旨の言葉を遺して自刃した。

昭和の大事件、よど号を乗っ取って「祖国」日本を捨て某国への亡命を企図した日本赤軍は、ハイジャックの際、「我々は『明日のジョー』である」とのコメントを遺した。 思想の過激さや行動の是非は別論として「祖国」を憂うる気持ちに偽りはなかったのだろう、と今では想える。

昭和の歌人寺山修司は、「ジョー」のライバルである「力石徹」のリング上での死に接し、その葬儀を企画実行した。多くの著名人が弔問に訪れたと聞く。
 劇画の作中人物の死に際してリアルの葬儀を行う、ということは前代未聞のこととして、当時大きな話題を呼んだ。その寺山は、次の短歌を遺した。

「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」

その共通項は「祖国」。

「ジョー」の物語と、「昭和」、そして「祖国」。

なにもかもが遠い昔のこととなってしまったように思える、晩秋の夕暮れ・・・。

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Yukaさんと。彼女はたいていの場合、左エシュロンに占位してくる・・・

芝生はキャノピー置き場にちょうど良い

どっちの尾輪を使うか・・・左は松つあんの遺品

微修正を試みる。

キャノピーを切削してエポキシ修理、塗装。

サイドキャノピー付近のクラック。10年の経年とか振動とか紫外線とか、厳しい寒暖差が原因。

FRPパッチ

部分的なクラックは、超硬ビットでU字ミゾ掘りしてからUVレジンを肉盛りし、爪楊枝で整形してから

+紫外線照射で硬化。


羽布修理

シルバードープ塗布。

カラスに突かれて穴があいた部位の修理。

木工作業

胴体後部の懸架台を製作。

マスキングと塗装。

マスキングはとても時間がかかる。

地面が濡れているのは水を撒いたからで、これを「チリ払い」という。PG80ウレタントップコートの本番を迎えて緊張・・・

うまくいった。

あちこちペイントクラックを修理。

作業は最小限、最小範囲で。三田師匠の教え。

運航11年の経年であちこち痛みがあり・・・

羽布修理。

翼端板もボロボロ。痛んだ部分をサンディングしてからFRPパッチ。

ポリパテ。

サフ→捨て白→ブライトレッド。PG80系。

ボチボチの仕上がり。

プロペラ木部の補修塗装

顧問先シャチョー兼クラブ員でもある友人「とくさん」からいただいた高級スプレーガン。これは秀逸!!使いやすい。塗面がキレイ!!

その「とくさん」はいろいろ多趣味。セスナ飛ばしたり、クルーザー遊びとかモトクロスとか、かつてはラジコンのレーシンググライダーも。ギターとサックスとピアノを練習したり(楽器に関しては手を広げすぎ、の感アリ・・・)

そのスプレーガン、使用後のバラし洗浄

尾輪部羽布損傷

羽布パッチ

リンバッハエンジンのオイル交換

セフティワイヤ作業

某K池教官からいただいたワイヤツイスタ。
いろいろな人からいろいろなモノを頂戴しております。アリガタキコト。

計器盤のレストア

ミッチャクロン→特殊塗料

ボチボチの仕上がり。

ラダーのメンテ

ショルダーハーネスの交換。ドイツからの輸入品。高かった、、、。

取付け。

ひとりでエルロンを取り外し/取付けするのはかなりタイヘン。

何しろ長いので。

ヒンジ部の羽布補修とか。あちこち。

燃料タンクのフタ、ガスケット交換

チョークボックス→キャブ間のガスケットを製作



ヘッドセットコネクタパネルを新造。


仕上がり。


エレベータ取り外し整備

水平尾翼尾翼とエレベータ、トリムタブ。トリムタブはSBが出ている。

係留具のチェック、補修も。

僚機タンデムファルケのダイブ周り修理を見学

担当のマークちゃんから多大なる示唆/ご指導を受けて、、、

我が25Bのダイブ周辺部を補修・・・

25B担当航空整備士(動滑/陸単)のさんちゃんは超多忙。夜にチョコッとだけきてショートスパンで作業を行う。


キャブは英国製!!・・・

なのでポジドライブが必要なのです・・・

作業服の膝小僧はボロボロ、、、

夕暮れのハンガー

幻想的な空の色

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今期の25B動態保存作業は、この先10年を見据えて相当の気合いを入れて実施した。6月中旬から毎週金土日、約5か月、延べ60日。

他人から見たら「変人」以外の何物でもないのだろう。
それが証拠に、こういった作業それ自体に興味や関心を持って当ハンガーを訪問する人は皆無である。

でも、そうであるからこそ「ほんとうの、あした」は来るのだと信じて。

たまらん。

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