「源氏物語」で陸上単発ライセンス ― 2025年07月09日 18:30
もはや旧聞に属することではあるが昨年のNHK大河ドラマ主題は「源氏物語」であった。
今を去ること半世紀近くも昔の頃、高二の秋(バイク事故で重傷入院中)、自分は将来の人生設計として「大学を出たら就職せず、司法試験を突破して法曹として身を立てる」ことと見定め、最難関と言われる某私大法学部を第1志望とし、一浪して1日10時間✕365日の受験勉強に耐えていた。国語(古典)に関しては有名どころは全て読み込み、日本史に関しては「山川」の教科書と資料集の隅々まで丸暗記である。
文学部狙いであれば「源氏物語」はどこから出題されても文句は言えないので全体を精密に勉強しておく必要がある。法学部狙いであればそれほどではないが、「源氏」の世界観は「藤原摂関政治」とのカラミもあるので、やはり手を抜けない・・・。どこから何が出題されても「あ、源氏だ。おわた。なーーーんもワカラン」みたいなことが絶対ないよう、何かしらは答えられるよう、それなりにシッカリと勉強したのであった。
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それから時を経ること十数年。
弁護士になって、とある極めて困難な案件に遭遇した。
交渉事案であったが、相手方にとりつくシマがない。完全門前払い状態。
それでもしつこく食い下がって面会を求め、ナニヤカニヤの会話を重ねるうちに雑談の中でフト「源氏物語」の話題になった際に、唐突にも件の(「くだんの」と読むんですよ)交渉相手が饒舌になったのである。
これは会話続行の糸口だ、と直感した私は、たったひとつだけ思いついた(思い出した)「源氏」作中の「雨夜の品定め」について知りうるところを語り、「いつの世でも男女間のコトは同じですなあ。あははは」なとど述べたところ、以後、次第に相手方の態度が軟化する傾向を読み取れるようになったのである。
(ご参考)
https://note.com/usami_kamo/n/n67999a3baf1d
しかしながらここですぐに交渉案件のハナシに持っていくのは浅はかなコトで、当日「雨夜の品定め」以外の「源氏ネタ」は全て忘却のカナタで他のひとつも覚えてないし、とにかくこの案件をツブしてなるものか、というキモチで、その日は「本日はありがとうございました。『源氏』のお話ができて楽しかったです。また来ますから『源氏』からみのお話でもしましょう』」とオトナシク退散したのである。
そして帰宅するなり家人に「あのマンガっ!『源氏』の。アレ家にあったろ。今もある?どこにある?すぐ出してっ!!」と頼み込み、たまたま自宅の本棚にあった「あさきゆめみし」を引っ張り出してきて全巻を読みこんでは頭にたたき込み、以後の面会に備えたのであった。
すると件の相手方は「私も『あさきゆめみし』を愛読している。私は2セット持っていて1セットは手垢がつかないように未開封なんだ。あなたも持っているのか?若い弁護士さんなのに見上げたものだ」
「そらーそうですよ。『源氏』好きならあの本は必携です。私も愛読してます。いやーあのマンガはホントにステキだ。『源氏』の世界観を実に忠実に描き出していて秀逸です」「とりわけ光る君と頭中将が「青海波」(せいがいは)を舞うところの描写などは美の極致っ!!!」
(ご参考)
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc22/naritachi/souzoku/column.html
・・・などと述べたところ、ついには「いやー、どんな悪辣な弁護士が来たかと思っていたが、『源氏』を愛する人で悪い人は絶対いない、私、あなたを信じますよ」
・・・という流れになり(もともと無理難題なことを要求しているわけでもなかったので)、当該案件について「ありうべき公平妥当な結論とその理由、落としどころ」を縷々説明したところ、その後もシノゴノの経過はあったものの、ナントカ無事交渉成立・・・とあいなったのであった。
・・・その結果私は依頼者から痛く感謝され、「あの偏屈を相手によくぞ交渉をまとめてくださいました」ナドとお礼を言われ、相当多額の弁護士報酬を受け取ることになった。
その額は、当時計画していた「陸上単発ライセンス/渡米訓練」の費用どころか、それに続く「コマーシャル」「多発」「IFR」の訓練費までもをまかなうに十分に足りるものであった、、、。
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以後、今日に至るまで「NHK大河」は基本的に「日本史」である。「源氏」の前の「鎌倉」もそうであるし「家康」「渋沢栄一」もそう。現行の「黄表紙/狂歌の蔦重/田沼政治と寛政の改革」も然り。その他のNHK/Eテレの歴史番組や古典文学系の番組も、若き日の受験勉強で「日本史」や「古典」を徹底的に掘り下げたおかげでバックグランドがわかるから、どれもこれも楽しめる。
・・・ということで若い皆さん。
多くの人が「コスパ」「タイパ」などと言い、「なるべく合理的に」「ムダな努力はなるべく避けて」・・・みたいなことを言いますが。
人生はそんなに単純なモノではないです。
若い時期に自分の国の歴史や古典芸能を深く学んでおくことは、将来に何かしらの恩恵を与えてくれますよ。
私はそのことが言いたいのです。
1クラス40人いて、理系に進める人は10人以下ですよ。
残り30人は文系なんです。
しかも女子はかなりの割合で文系ですよ。
企業社会のトップの人達も7割は文系ではないですか。
そういう人達は、受験時代に日本史や世界史や古典を徹底的に学んだ、という人が多いですよ。
欧米では企業トップは「哲学」や「芸術」の素養が必須なんです。
https://note.com/forestpub/n/na08a6fc4d32e
https://app.en-courage.com/articles/2019-09-08/906?locale=en
就職して会社勤めになって、上司の人達とフツーに歴史や哲学、文学について会話できることって、とってもアドバンテージですよ。
と、いうことで、若い皆さんにおかれましては、
「こんなもん、何の役に立つんだよー」などと言わず、いろいろなことに寄り道して、楽しく文系課目を学んで下さい。フツーに文系として生きて行くことを前提とすれば、「複素数」や「虚数」「三角関数」「対数関数」などより遙かに「実益」があります。
つまり10年20年の長い目で見れば、歴史/古典の素養はそれこそ「タイパ」「コスパ」抜群、ということです。
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ブログをサボり、半年ぶりになりました。
相変わらず、例年と変わらない歳月を過ごしてヲリマス(←賢治ふう)。
ということで今年前半の振り返り。
ベースにしている滑空場からのフライトで往復2時間半ほど、M田師匠の故郷、足利市上空へ。一番左の橋が渡良瀬橋。
今期は約半年でフライト回数35回/約40時間でした。
冬の野外活動の準備。
ジムニー用木製キャリアを「競作」。
さんちゃんはスノボキャリアを。
自分はスキーキャリアを。
スキーキャリアなんて中古が安いんだから買えばイーじゃん、と知人から言われましたが。趣味/傾向を共にする友人と、こういう「時間を共有する」ことがかけがえのないことなんです。
航空整備士/耐空検査員のさんちゃんご接待スキーツアーその1 奥会津
マジ寒かった!!
バイク系後輩の連中と乗鞍へスキーツアー参加。総勢15名くらい。
同上
さんちゃんご接待スキーツアー その2 群馬県川場スキー場
良い天気でした。
高校時代の旧友AZくんと残雪の山行、、、。
ハンガーDIY。断熱材追加施工
LED室内灯施工・・・の道具と材料など
DIY電気工事 これも1年がかり。毎週、少しづつ。
最終段階、コンセントの取付けは「電気工事士さんちゃん」の出番。
バイト代払ってお手伝いしてもらいました。さんちゃんもホクホク。
ハンガーハウスDIY建築着手から14年を経てようやく電気工事を完了。
ジムニーJA22Wのシートベルトが壊れたので交換
ヤフオクで左右1セット5000円ゲット。中古だがほぼ新品。
DIY水道周りチョイ手直し
アース棒連結
DIYアース工事。接地抵抗はどうか?、、、。
DIYドアノブ交換
コンプレッサを予備機と交換。
ラジコン関係
大昔に製作/フライトしていた機体を25年ぶりに大改造レストア。これも1年がかりの作業。毎週少しづつ。
てえへんです。
月1のペースでフライト会も。
25B関係。飛行場で応急修理
ここにクラックが発生
関東甲信越梅雨入りと同時に機体格納
その他クラブ活動。
トモダチが「ビーチ」の機体を購入したのでクラブ員のみんなで見物。オカネとか仕事とか人間関係とかは、「志高く覚悟のある実直な人」のところに集まるもんだな、ということを実感する。
新人クラブ員「つるちゃん」の溶接作業を見学
25B 左サイドキャノピー、早速修理開始
係留ロープは15年を経てボロボロ。元は同じ色でした。
すっかり色あせて強度も弱くなったので右の新品と交換。
バイク関係。W3のタペット調整
BAJA/MD30にスマホホルダーを装着。
MD30でひとりオフ練。
4月にはDR650で寸又峡温泉/春合宿に参加(学生時代のバイクサークル主催)
「梅雨の合間に・・・」 ― 2024年07月31日 11:55
1回の訓練フライトでなるべく2時間以上飛ぶようにしている。自分の「耐空性」を上げるために。
これは自分の訓練ではなくて、公務。RC用高度計がどれほど正確なものかをチェックする作業。ソルジャ君を横に乗っけて手伝ってもらう。
関東甲信越梅雨入りに伴い、機体の分解、運搬、格納。自分で全てのリンケージを事前にリリースし水平尾翼もはずして、整備陣の到着を待つ。
機体カバーはとても大きいのでジムニーには乗りきらない。エクストレイルの出番となる。
カラス害防御用偽カラスの塗装。羽布張り機を野外係留する上で、これはとても重要なツール。ここで手を抜くとカラスに羽布を破られて「修理2か月/費用100万」になりかねない。事実上、当期のフライトが不可能になることも。
汚れがこびりつく前に、「虫取り洗剤」で各部を洗浄。タンパク質分解成分が含有されとても便利
オレはどれほどの殺生をしつつ飛んでいるのか、と、、、。
メインピンの防錆処理
エルロンロッドの穴をガムテで塞ぐ。虫が入るのを防ぐ。虫が入るとそこから木部が腐るから。
機体カバーの天日乾燥、破れ、修理部分のチェック作業。
イグニションケーブルをリリース。万一にもペラが回り出すことのないように。
同じく。バッテリのマイナスをリリース。万一にもショートすることがないように。
エンジン室全体をチェック
プラグの焼けをチェック。
忘れてしまいそうな作業にメモを貼っておく。
カラス防除器の修理。これは「大音量タイプ」で、貴重品。もう手に入らない。修理/メンテして使い続けるしかない。
下板も反ってしまったので交換。
https://youtu.be/E9lFqdbqBKg
この動画の後ろでケタタマしく鳴っているのがこのカラス防除器。
今期メイン作業のひとつは、ボロボロになってしまった機体カバーの修理/改造。幅広マジックテープを大量購入。
ミシン縫いの下糸用ボビンも事前にたくさん作って置く。これくらい作っても5m、10mの単位でミシン縫いするので数日でなくなってしまう。
野外係留で痛んでから機体の修理をするより、痛まないよう機体カバーを充実させるほうが遙かに効率的だ・・・という事実に気付いたのはこの機体の運航開始から5年ほど経った頃か。今から10年前のこと。
修理/塗装は高度な技術を要し面倒で、かつ多大なる時間を要するが、ミシンで機体カバーを縫うのはそれに比べれば遙かに簡単で、かつテキトーで良いのだから。縫い目が多少曲がっても雨と紫外線から機体を防御できればソレで良い。
ボロボロになった2重カバーを剥がし、新しいカバー素材を加工して製作、マジックテープで貼り付ける。
主翼カバーの2重化作業。
https://youtu.be/UtyF1sxuB1s
コクピット部のカバーは3重。
3重カバー。これなら年数回ある「滝のような豪雨」から機体のアビオニクス類を守り切ることができる。10年前、その「滝のような豪雨」がコクピットに侵入して無線機が故障した。交換費用20万円ナリ。その苦い教訓から。カネで解決するハナシならまだ良い。在庫がなければ欧州から輸入・・・となり数ヶ月飛べないこともありうる。事実上今期のフライトはもうダメ・・・となりかねない。
みんなで声掛け合って。整備陣の指示のもとに。なんだか「青春」しているカンジですね。これは。みんなで、ひとつの方向を見つめて。ただつるんで遊んでいるだけじゃなくて。
萩原式H-22が廃棄を免れて良かった、、、。歴史的銘機ゆえに。
某動力滑空機のエンジン、トップOH。ピストンがカーボンだらけ。
それを手作業でリムーブするのはとても大変で時間がかかる。てなことで小職が自分のバイクのキャリパーを洗浄したときに自作した「ウエット/ソーダブラスト」装置を提供して作業を効率化。
https://youtu.be/1j4oeESK8rM
↓ここからパクってきて自作しました。
https://youtu.be/-uoVyhv9HL8?si=lg1wX6p0Y6nANfM5作業が終わると腕はソーダ(重曹)だらけ、、、。
作業を担当したつるちゃん、さすがにヘロヘロ。お疲れチャン。
世の中では、AIなんちゃらが脚光を浴びているようだけど。
しかしそんなもんは結局、PCという「箱とモニターの中」のハナシ。
モニター見つめて、キーボードでカチャカチャやって椅子に座ってるだけ。
人間はどこまでいっても生身の人間だし。
せいぜい80年ソコソコしか生きられないワケだし。
チャットGPTが機体カバーを修理してくれたり、ピストンのカーボンを落としてくれたりすることもないし。
サテ、とっくに梅雨明けだ。
「オレの時代」は次のステップへと進んでいく。
たまらん。
「簡単にできることでオモシロイことなどない」 ― 2023年12月31日 18:53
時系列が前後しますが。
25Bハンガーinの6月以降、今期のメイン作業として、10年ぶりのサイドキャノピー交換作業を実施しました(コクピット右側)。
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前回サイドキャノピー交換作業を行ったのはもう一昔、10年も昔のこと。
http://diyer-lawyer.asablo.jp/blog/2013/06/28/6879280あの夏もひどく暑かった。
そしてハンガー屋根裏の断熱工事は、まだ未施工だった。
結果、ハンガー室温は42℃まで昇温した。
それから10年の歳月が経過して、その間の飛行中の振動とか紫外線、野外係留時の温度変化(夏場35℃から冬場マイナス5℃)etcの要因により、新品だったサイドキャノピーも相当に劣化した。
トドメは耐空検査フライトのエンジンカット、急降下でVネバーのチョイ手前、ウインドミルでエンジンのリスタート・・・。着陸したら大クラック発生・・・。
その後しばらくはドイツ製高性能特殊接着剤で修理/補強する弥縫策でしのいでいたが、もうそういうワケにもいかなくなった。
↓こんな感じで、かなり割れてしまった。
まずはエアサンダーで取付けネジ部分10箇所を削って頭を露出させる。
10本の固定ネジの抜去。
ハンガーから搬出して養生/マスキングし、キャノピーアクリルをパキパキ割っては除去していく。
さらにハンマーやらタガネやらエアサンダーやらを使って完全にリムーブ
徹底したリムーブとクリーニング作業。この段階での下地作業が仕上がりに大きく影響する。
塩ビ板で「型」を作る。形状とか固定ネジの位置とか細かく調整
その型にしたがってアクリル板をカットする。専用アクリルカッター使用
こんな感じ。
ここ10年の間、アクリル板は外辺から微細なクラックが発生することを経験値として学んだので、今回は周囲外辺20mmの範囲でアクリル板の裏表両面をFRPで補強した。
FRP硬化の後、ネジ穴開け加工、サラ取りなどの整形作業をしてから慎重に仮固定して様子を見る。
上側を仮固定すると・・・
下側が70mmほど浮く。このまま取り付けると反発力が温存されたまま固定されることになる。それもクラック発生の原因。
データシートに従い加熱して湾曲加工。冷却して形状固定。
さらに下側を固定して、今度は上側をヒーターであぶって湾曲加工。
そのまま板材の冷却を待って湾曲状態を固定する。
これで上下とも素直に無理なく取り付け可能となった。
ネジ穴位置を変えたり・・・状況観察して、よく考えて、臨機応変に、、、。
独国製/2液性キャノピーアクリル専用特殊接着剤を練る。
慎重に接着。この接着剤は硬化が早いので段取りが重要。
パテ入れ/パテ削りを5回ほど繰り返して整形完了。パテ作業だけで丸2日くらいはかかります。と、いうことはほとんど「1週末(金土日)」の朝から晩まで・・・ってことです。
サフのガン吹きとサフ削り。これも1~2日。いったんマスキング剥がして、状況確認して、またマスキングして。
今回使用したハードナーはこれ。
マスキングを剥がして、仕上がりを見て、またマスキングして・・・
赤の段差修正。その後ライン塗装のマスキング。
捨て白ガン吹き
トップのウレタン塗装ガン吹き
ところが!!!ポカやりました。例えて言うならば「スカートの下からパンツが見えてる」状態。こんなミットモナイ仕上がりをM田師匠に見せるわけにはいかない。さんちゃんにも笑われる。ほとんどの人は気がつかないのでどーでも良いと言えばそうなのだが・・・。
仕方ないのでまた曲線マスキングテープ使って・・・マスキングして。サンディング、足付けして・・・
再塗装。スカートを長くしてパンツを隠します。
その他、胴体の羽布修理、羽布張り、塗装。
ここも同じく羽布の修理再塗装。
プロペラの部分再塗装
仕上がりはこんな感じ。
今回のサイドキャノピー交換作業は、前回ブログの「翼端板修理・再塗装」の3倍くらいの作業量で、6月初旬から7月末まで、ずっとこの作業に充てた。
こんな感じで、亡き師匠の松つあんから付託されたポンコツ号の動態保存活動は、まだまだ続く。なんだかライフワークの様相を呈してきたの感あり。
いろいろな人、価値観、考え方、感じ方があり、それを否定するものではない。しかし自分は「簡単にできることでオモシロイことなどない」という考え方である。
たまらん。
では皆様良いお年を、、、、。
「フジへ」 ― 2023年11月10日 12:01
旧友のフジとの。
職業柄、法的質問を受ける。自分は友人からの法律相談や文書作成程度はタダである。レトルトカレーなどお礼に持ってくる人がいるが。塩昆布とパックご飯を大量にいただいたこともある。ハンガー周辺の農家からは野菜やお米が届く。スミマセン、ハナシがソレました。
法律相談から先、これが難儀である。自分は顧問先の業務で手一杯だから受任はできんよ、と言うと、では弁護士を紹介してくれと依頼される。
しかしながら自分と同期、あるいは後輩弁護士などは年代的に激務の渦中にあり、ナカナカ、ハナシを持って行きにくい。
で、結論から言うと、「相談地域の弁護士会のHPから30分5000円の法律相談を申し込んで、地元の若手で熱心な弁護士さんを紹介してもらってください」
・・・と、言うことにしている。「地域(ex 神戸) + 弁護士会」で検索。
弁護士会にはいろいろな委員会/部会(相続部会、交通事故部会、建築紛争部会、医療過誤部会・・・)があって、そこで若手弁護士などは研鑽すると同時に、法律相談窓口を経由して、事件化した相談案件の配点/紹介を受けて収入の足しにする、という構造。
全国各地の弁護士会でボランティア活動(各種委員会活動=プロボノ活動と呼ばれる)や専門部会に参加/所属している弁護士は、割とマトモと考えて良い。年間10時間程度のプロボノ活動義務が設定される弁護士会もあり、他方、それをやらない替わりに弁護士会にオカネを払えば義務が免除される制度もあったりする。
なので、弁護士と知り合ったら「センセーは弁護士会で何か委員会活動をやってますか、どこかの専門部会に所属していますか」と聞いて見るのも良い。
ちなみに小職は東弁/二弁合同図書館委員というのを30年ほど続けております。司法修習生の指導担当や、デパートの無料法律相談などもかつてはやっておりました。
弁護士会の法律相談を経由せずに、ただネットで調べて依頼すると、ハズレくじみたいな弁護士に当たってしまうことも最近はマレではない。
試しに「国際ロマンス詐欺 弁護士」かなんかで検索すると、うようよとネットでヒットする。どれもキレイでカラフルな事務所の風景写真など、テンコ盛りである。
しかし常識で考えても、詐欺されたオカネは仮想通貨かなんかに化けてしまうから回収は容易でない。
なかには「回収実績〇〇件!」などと広告を打っている事務所も散見され、「弁護士に着手金を払ったが何もしてくれない」みたいな、「弁護士による着手金詐欺の二次被害」が報告されたり、
https://www.bengo4.com/c_1009/n_15592/
各地弁護士会も誇大広告で詐欺被害者を誘因しようとする弁護士広告HPが相当数存在することに警告を発している。
https://www.toben.or.jp/know/iinkai/hibenteikei/news/post_7.html
弁護士を監督する弁護士会が、「誇大広告の弁護士に気をつけましょう」と警告する時代・・・なのか・・・。
・・・いやはや。スサマジイ時代が到来したもんだと、昭和の時代に司法試験をやっていた小職などはオドロいてしまうのです。
全ては小泉内閣時代の司法制度改革から始まったわけですが、司法試験制度改正、法科大学院制度、合格者激増、弁護士過当競争、法曹志望者の激減・・・という流れです。
もちろん、小泉(内閣)さん自体に、何かアイデアとか知見とかがあったワケではありません。要は学者/有識者の方々をメンバーとする「諮問委員会」の意見にしたがって制度改革に乗り出したワケでありますが、学者/有識者という方々は往々にして営利一般企業での就業経験がなかったり、起業や会社経営の経験がなかったり、BS/PLが読めなかったり、人間とは社会とは・・・という洞察力もなかったりして、ただ「ご本」をお読みになって、欧米諸国と日本では国情も歴史も国民性も社会態様もまるっきり違うのに、欧米の制度をそのまま導入したり、理想的な「法曹養成制度」かなんかをアタマの中だけで考えちゃったりした結果、法科大学院は半分、つぶれました、というオチです。
https://www.businessinsider.jp/post-100342
法科大学院の大量破綻は、この際、ドーデモ良い。
問題は、法曹志望者/司法試験受験者の激減で・・・
昭和の時代2万人、最大数で4.5万、近時は4000人切りって何よ・・・
反比例して合格率は急上昇。
検察官/裁判官は公務員として任用人数が限定されているから、司法試験の合格者の多くは弁護士さんになります。しかし今や、その弁護士が激増/過当競争でメシが食えない。大学出て、さらに200万近い学費払って2年間法科大学院通って、合格は簡単だけど、メシは食えない。
そんなこんなで弁護士業界は「構造的不況業種」認定されてしまいました。それで受験者が激減しているのです。モノスゴく簡単な話です。食えない仕事は人気がないのです。それだけのハナシ。
でもって、食い詰めた弁護士が、いろいろ広告打って・・・みたいな、上述の状況につながっているワケです。
で、何が問題かというと、司法制度/裁判所というのは人権保障の最後のトリデなんです。たいていはそこまで行かずに解決したりナアナアでなんとかなったりしますが、最後の最後はやっぱり裁判所。そこでちゃんとした「解決」が示されないのは、ハナハダ、マズいわけであります。
で、そのシステムを支えてる人たちが検察官であり裁判官でありベンゴシという法曹。その法曹資格をめざす人が激減している、ということは、最後のトリデがボロボロになりつつある、ということなんですね。
しかし、、、。
我が国では有権者全員が等しく1票を持っています。
某発展途上国のように選挙権行使を妨害されることはありません。
投票用紙が改ざんされたり、集計が改ざんされたりもありません。
そうやって選ばれた人が国会議員。
議院内閣制ですから、国会多数派が行政府を構成する。
したがって国会/政府・内閣のやったことは、国民の総意に基づくものであります。なんたって民主主義100%の我が国なんだから。
堂々と、ボロボロになっていく最後のトリデにすがりましょう。
「ミッション遂行」 ― 2023年10月31日 10:27
同じ大学で
同じ学部で
同じバイクサークルに所属し
自分が1年生の時の4年生のセンパイで
同じカワサキ/W3というバイクを駆り、
卒業後は就職せず。
法曹の道、司法試験の道をともに志した。
自分はセンパイの背中を追い掛けるようにして司法浪人の道へ。
ともに昭和の時代の旧司法試験の辛酸を嘗め
合格後はともに法律実務家/弁護士として働き
30余年が経過した。
思えば、このセンパイと自分のつながりには、深い縁のようなものがあるのかも知れない。
司法浪人時代、センパイからの電話。
「飯田橋の予備校前にいる、W3のキャブからガソリンがダダ漏れだ。オマエ、フロートバルブ持ってたな。工具持って、チョット来てくれねえか」
あるときは、司法試験の合格発表をW3に乗って見に行ったセンパイ。不合格で、失意のドン底なのに法務省の真ん前で、W3のミッションリターン・スプリングが折れた。そのまま1速だけ使って自宅に帰り着いたところで電話。「オマエ、リターンスプリング持ってたな、貸してくれ」。
貸したスプリングは、当時すでに「NO LONGER」パーツで貴重品であった。なのでW3二台を連ね一緒に大田区の「浅場スプリング製作所」を訪ね、センパイは浅場さんにスプリング10個を3万円で特注した。当時「トライアンフの神様」と呼ばれていた、あの浅場さんである。
しばらくして、センパイは「利子を付けて返す」と言って、スプリングを2個、自分に手渡してくれた。
今般、その10個のスプリングと40余年ぶりに相まみえた、、、。
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この夏の少し前、そのセンパイから、久しぶりに電話があった。
「自分はバイクを降りる。ついてはバイクの引き取り先を探してくれ。転売目的の輩ではなく、自分で修理しつつ慈しんで乗ってくれる買主を希望する。値段はどうでも良い」
「その件、謹んで承りました」
「予備の部品がたくさんある。オマエに全部やるから引き取ってくれ」
「いやいやいや、自分のハンガーにも部品はテンコ盛りで、もう置き場はありません、むしろ自分が終活/断捨離したいくらいの状況で」
「そんなら売っぱらってカネに換えれば良い」
「そんなカネを受け取るワケには参りません」
「ではどうしたら良いかな?」
「処分して得たおカネをクラブの後輩にでも寄付したら良いんじゃないでしょうか」
「そりゃーーーーー良い考えだ。そうしよう。是非そうしてくれ」
センパイ宅から引き取ってきた部品たち
面倒なことにはなったが、自分とセンパイとの縁を考えると、仕方ない。
部品、まとめて売ればラクだけど、売値が安くなってしまうからひとつひとつヤフオクで売るしかない。
例えばガソリンタンク。
パーツクリーナで汚れを落とし、ワックスかけて磨く。
光の当て方を工夫して、一眼レフでできるだけ綺麗な出品写真を撮る。この「テカり」が重要なのだ。
このタンク一個だけで7万円近い値段で落札された。
タンク内部に内視鏡スコープをつっこんで撮影し、内部に錆びのないことの証拠写真をつける。そうすれば入札が増える。
近時、ヤフオクでは「3N」が当たり前だが、売主もW乗り、代理出品の自分もW乗り、入札者もW乗りだから、仁義ってもんがある。詳細に状況を説明し、気に入らなければ返品/返金可、で出品した。
梱包は2重梱包。段ボール箱を2重にして、スキマにクッション材をギュウ詰めして。買い手のW乗りに届ける。
最後のミッションは、動画撮影。
部品の売却金は、クラブの乗鞍/秋合宿の宴会の際に簡易な贈呈式をやって、その状況をビデオ撮影して、You Tubeに限定公開でアップして、センパイにURLを送って伝えた。大層喜んでくれて良かった。これで今回のミッション遂行は完結。
寄付金贈呈式の動画撮影でも、他者から受けた厚情に対して素直にお礼を言える人と、そうでないヤカラがいる。それはそれぞれの人間の「器量」ってもんだから、如何ともし難い。しかしながらクダラン発言の部分は動画編集でカットするというひと手間を余計に要した。
ともあれ、まだまだ未処分の部品がたくさん残っており、これらも追々、オク売りして来年の秋合宿で、また後輩どもに寄付をせねばならん。
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乗鞍/秋合宿からの帰路。
無事、ミッション完了ってことで安堵。
晴れ晴れとしたキモチで峠を下る。
後輩どもから「センパイ、一緒に走りましょう」と誘われたが、丁重に固辞。
彼らは峠道を走るのが楽しい。バイクをコントロールするのが楽しい。速度の快感が楽しい。
それは、峠道下りがあっという間に終わってしまう、ということを帰結する。当然のことながら。
これに対して、自分の思いは、かつて某小説家が表現した「秋の信州をひとりバイクで旅するときに感じる、自分がその風景の一部になってしまったような錯覚」を、「一秒でも長く」味わいつつこの峠を下りたい、と云うところにある。したがってナナハンを駆りながら、他者から観ればその速度域は笑われるくらいの低速だ。
つまり、同じようにバイクを駆って峠を下りながら、ココロの内のベクトルは全く逆の方向を向いている。まだ若き後輩どもと、すっかりジジイになった自分と。相容れるものはないのだから、仕方ない。
見上げる錦秋と冠雪の乗鞍岳
白樺峠の下りと木漏れ日
葉漏れ日の峠道
今回の旅の相棒は、この夏の炎天下、ヒーヒー言いながらキャリパーをOHしたZEP750
高原の道に秋は深まる・・・。
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今回の件で、横浜のセンパイ宅に何度も通った。
売却を依頼されたバイクの状態検分、買主との交渉立ち会い、引き取り立ち会い、パーツ引き取り。
でも、自分を信頼してくれて、大切なバイクとパーツの処分を託されたことは名誉なことであって、センパイとのキズナをむしろ嬉しく感じた。
センパイを車の助手席に乗せて自宅に送る途中、問うた。
「センパイ、我々はあの昭和の時代、どうして司法試験なんてものに挑んだのでしょうか」
「そりゃむちゃくちゃ難しいからだろ。高い山に登りたがる登山者と同じだ。今の時代の受験生は可哀想だよ。極端に簡単な試験になっちまって・・・」
・・・即答であった。
平成の時代の小泉さんによる司法制度改革にはじまり、令和の時代の司法試験は5年間で5回までという受験制限があり、その制限内での「累積合格率」はほぼ「8割」である(大学で法学系既修者の場合)。
法科大学院(ロースクール)を出れば8割の人は合格できるとはいえ、そのために大学卒業後、さらに2年間の時間と200万近い学費が必要となるし、合格しても弁護士激増/過当競争によりメシを食って行くのも容易でない。そんなローリスク・ローリターンには夢も希望もなく、したがって法曹志望者/司法試験受験者は激減した。結果、この記事のように「法曹志望者の確保」が急務の時代になった。
「昔は良かった」などと云うつもりは毛頭ない。
しかし昭和は遠くなりつつある。

























































































































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