自分の中のリファレンス2014年07月18日 16:36

25B(奥)を放置プレイして、W3(手前)をいじっています。だんだん調子が上がって来ました。

W3は昭和48年初登録、以来40年以上の時を経過した取り外しパーツ。この先はもう、これらの部品を使うこともないだろう。「モノ」としての天命を全うした、ということか。自分もいつか、その日を迎える。取り外した部品たちに、思わず我が身を重ねてしまう。こんなふうだから、オートバイはいつだって僕の先生。

場内整理

作業台の奥はカビだらけ。

カビキラーが効く。こういった作業も「作務」。面倒と思ってやれば心乱れる。修行だと思ってやれば心満たされる。

マストベアリングのOH。グリスを盛って鋼球を並べる。こういう作業は本当に楽しい。「在るべき姿」にしていくシゴトだから。モノも、人も・・・。

作業台のバックプレートを1枚1200円のウレタン塗装コンパネに交換。

(番外編)
マイミシンを買いました。これで機体カバーをDIYで修理できます。小学生の頃、「家庭科」が得意でした。チョット不器用な女の子たちのお裁縫を手伝ったりして重宝がられました。

            「自分の中のリファレンス」

1 強筋
高校1年の頃の夏の想い出は、サッカー部の筋トレ。夏休みの猛暑炎天下、「強筋担当」の先輩の号令のもと、ダッシュと腹筋と背筋と腕立て、スクワットを繰り返す。スクワットは1年生部員全員が手をつないで円陣になってやるから、自分だけ倒れるわけにはいかない。限界を超えて続く。苦しそうな顔をしていたら「テメえ、チームの士気を下げるんじゃねえよダッシュ10本行ってこい」という怒声を浴びた。それでいて練習中の水分補給を禁ずる、という危険な指導方法がまかり通る、昭和の時代であった。
 以来、今日に至るまで、あの時ほどの肉体的苦痛は経験していない。なので今、ジムで筋トレする際にも「筋肉に乳酸がたまってそろそろヤバイ」「心肺系が限界に達する」というリファレンスが自分の中にあるから、それほど苦にもならないし、逆に無理もしない。

2 痛み
高校2年秋、バイク事故を起こし左膝下切断寸前の複雑骨折で3ヶ月入院した。手術後1週間ほど、痛みで眠れなかった。座薬の痛み止めでは全く効かない。ところがモルヒネ注射を打つと、ス~っと痛みが消えて眠りに落ちる。しかしこの注射は一晩に1本だけしか許可されない。なので、真夜中、限界まで痛みに耐えて、「もうダメ」というところで看護婦さんの呼び鈴を押す。しかしその効果は2時間くらいしか続かず、また激痛で目が覚める。
 以来、今日に至るまで、あの時ほどの痛みは経験していない。それに比べればたいていの痛みはたいしたことがないと思えるし、いよいよとなればモルヒネがなんとかしてくれるというリファレンスがある。だから自分は他人の痛みには鈍感かも知れない。すぐ「んなこと、大したことねーだろうよ」と思いがちである。これも「正負の法則」ですかね。

3 司法試験
今から考えれば合格率2%というのはとんでもなく低い確率だが、当時はそんなに深くは考えなかった。若かったのであろう。折からバブル期で世間では景気の良い話が飛び交う中、自分はと言えば、明日をも見えぬ不安を抱え、朝から晩まで365日(正月くらいは休みましたが)、法律の勉強する日々が5年強、続いた。受かるという保証があれば頑張れるんですけどね。98%は落ちるわけだから、モチベーションの維持がタイヘン。
 以来、今日に至るまで、あの日々ほどの暗く不安な日々を経験したことはない。その経験から、自分レベルの凡人がその一生のうちに何事かを成し遂げるには、10時間/1日×300日/年×ミニマム5年は必要、というリファレンスが自分の中にできた。
 なので、5年後の自分はこうなりたい、10年後の自分の人生はこうでありたい、と長いスパンで考えるようになったし、将来が見えないという不安はあまりない。そんなの生きていれば当たり前じゃん、くらいの感覚か。だから自分は他人の苦労話には鈍感かも知れない。

4 文無し生活
同じく、司法浪人の頃、法的に正しい用語では「(公務員たる妻の)3号被保険者」、刑法用語の「素人仲間における併行評価」で言えば「ひも」生活であり、おサイフの中に全財産2800円、今日一日で使ったお金380円、というような生活が長く続いた。
 このリファレンスが今でも残っているので、小職は金銭感覚が非常にシビアである。モノを買うときは本当に必要かどうかをよくよく吟味して一番安いところを探して買うし、買えば高いものは、ナントカ自分で作れないものかと考え自作品で代用しようとする。またお金のかかる外飲み外食、グルメ、ゴルフ、ホテル使用の観光・海外旅行、高級外車etcには縁(興味)がない。

過去の自分が、今の自分を支えている。だから未来の自分を支えるのは、現在の自分なのだ。そう考えると、今、何を成すべきかは、自ずと明かなように思える。

これまでの半生(もしかしたら、もう「5/6生」くらいかも知れないが・・・)を顧みて、いろいろなことがあったけれども、良いことも悪いことも含め
全てのことが現在の自分を形成しているのだなあ、などとシミジミ想う、梅雨明けの候・・・。

本日は以上っ。

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